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「新聞止めるな」記者奮闘 神戸新聞「1・17」ドラマ化(産経新聞)

 阪神・淡路大震災から17日で15年。あの日、本社屋が全壊し、機能まひに陥った神戸新聞社(神戸市)は、それでも当日の夕刊を制作し、読者に届けた。「とにかく新聞発行を止めたらあかんと必死だった」。同社関係者らは当時を振り返り、口をそろえる。そんな関係者らの苦悩と奮闘を描いたドキュメンタリードラマ「阪神・淡路大震災から15年 神戸新聞の7日間〜命と向き合った被災記者たちの闘い〜」が、16日午後9時から関西テレビ系で放送される。

  “記者”櫻井翔「伝えるとは何かを学んだ」

 「号外を出さねば」。震災直後、神戸新聞社整理部デスクの渡辺昭義さん(56)=現・同社東播支社長=は神戸市垂水区の自宅から飛び出し、乗用車で早朝6時半に出社した。

 神戸市中央区の9階建ての神戸新聞会館は全壊。窓ガラスがすべて割れ、新聞製作の心臓部のコンピューターシステムも壊れていた。

 「号外どころか、夕刊も発行できない…」。渡辺さんが茫然(ぼうぜん)としていたところ、編集局長の山根秀夫さんが「新聞は必ず出すんや!」。緊急時の相互援助協定を結んでいた京都新聞社に電話した。

 整理部長の首藤満州児さんら6人が車に乗り込み京都へ。記者らは電話で京都に原稿を吹き込んだ。京都新聞のシステムを借りて紙面を作り、刷版を神戸新聞の西神制作センター(神戸市西区)にバイクで運び、被災を免れた輪転機で印刷。通常の配達時間を大幅に過ぎた午後8時、1月17日の神戸新聞夕刊が発行された。わずか4ページだが、記者たちの魂が詰まっていた。

 ただ、読者に届けるのがひと苦労。それは全国紙も同じだった。当時産経新聞大阪本社の販売局長だった濱野雅和監査役は「新聞を販売店に届けても、その販売店も全壊というところが多く、いかに読者に届けるか、頭を悩ませた」。

 神戸新聞販売局の田畑道昭さん(現・同局次長)は「避難所などに新聞が運ばれると、皆が夢中になって読んでいた。新聞が本当に必要とされていると実感した」と話した。

              ◇

《本社機能まひ 地元紙の苦闘》
 主人公は神戸新聞の写真部記者・三津山(櫻井翔)。入社4年目の三津山は自宅マンションで就寝中、大きな揺れを感じた。カメラをつかんで取材しながら社に到着すると、ホストコンピューターは壊れ、新聞社の機能はまひしていた。編集幹部は緊急時の援助協定を結んでいた京都新聞に連絡する−。

 番組では、地元紙の役割を果たすため、被災した人々に何ができるのかを問いながら苦闘した記者たちの姿と、15年後の現在の姿を追う。

 フジテレビ編成部の立松嗣章(ひであき)プロデューサーは「神戸の人たちは非常に頑張った。その一つが神戸新聞であり、あの極限状況の中で新聞を作り続けたことの意味をいま一度、知っていただきたいと考えて制作した」と話した。

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